スペックには現れない
ドライビングの楽しさがある
レースへの参戦のために
作られた特別なモデル
80年代を代表する名車と言っても過言ではないのが、初代M3。大きく張り出したブリスターフェンダーとエアロパーツを纏ったスタイルは、当時のクルマ好きたちを魅了。その頃日本ではF1などのモータースポーツが流行していたが、ドイツではモータースポーツへの参戦が文化として成り立っている。BMWはブランドのイメージアップを図るためのコマーシャルだけではなく、新技術を生み出すための場所としてレースを活用している。
E30こと2代目3シリーズをベースに作られたM3もそんな背景から生まれた。ドイツツーリングカー選手権への参戦である。市販車をベースとしたグループAでは、年間5000台を生産し、かつ大幅な改造はできないなどのレギュレーションをクリアしなければならなかったため、ベース車両の素性の良さが求められた。それだけにM3はエクステリアからエンジンに至るまで、市販車とは思えないほど刺激的なクルマに仕上がっているのだ。
まず目を引くのが、前後のフェンダーに大きな膨らみを持たせたブリスターフェンダー。そもそもはトレッドを拡大するための手段として採用されたデザインだったが、次第に高性能をアピールする手段へと変わっていった。空力性能を高めるエアロパーツと相まって、そのレーシーなスタイルは圧倒的な存在感を放っている。当時はこのスタイルにBMWファンが熱狂し、憧れを抱いた人も多かったはずだ。
エクステリアだけを見ても只者ではないクルマの雰囲気がビシビシと感じられるのだが、M3の本当の凄さはやはりエンジンにある。
S14ユニットと呼ばれる2.3ℓの直4DOHCは、名車M1に搭載されたM88ユニットと同じボア×ストロークを持つ。M88ユニットはレーシングエンジンとして高い耐久性を持ち、何とポルシェ935に勝つために開発されたものだ。大量の空気を吸い込むために4バルブヘッドが与えられ、ストレート形状のインマニや排気効率に優れたエキマニ、各部のバランス取りによるスムーズな回転などにより官能的なフィールを生み出している。
そのM88ユニットの魅力が詰まった4気筒版が、M3に搭載されているS14ユニットなのである。もちろん4気筒ならではの魅力も見逃せない。6気筒よりも軽いことは走行性能におけるメリットが大きく、BMWらしい軽快なハンドリングをより強く感じられる。もっと言えば、F2マシンに搭載されていたエンジンと基本的には同じで、さらにターボを装着してF1マシンに搭載されたエンジンと同じブロックを使っているのだ。そんなエンジンが市販車に搭載され、ナンバー付きで公道を走れることがすごい。全身から伝わってくるレーシングエンジンの鼓動を感じながら、クルマを操る楽しみはこの時代のM3だからこそより濃く残されているのだ。ちなみに、このS14ユニットはボディが次世代のE36型に進化した後もレースで使用され、タイトルを獲得するほど高いポテンシャルを秘めていたのだった。
日本には2.3ℓ版のみが正規輸入されたが、2.5ℓに拡大したスポーツエボリューションも存在する。
そんな背景を持つM3だが、現在の感覚で見れば、そんなにハイスペックではない。でも、その手の内に収まる性能がじつに楽しい。今のクルマのようにコンピュータ制御ではないので、自分で運転している感覚が強い。電子制御でテールが滑らないようになっていることよりも、流れる前にインフォメーションを伝えてくれる方がクルマをコントロールしている感覚が明確になる。M3のセミトレーニングサスペンションはトーインしか調整できないにもかかわらず、完成されたハンドリングを実現しているのはすごい。それだけの高い完成度を誇っていたということだ。
取材車は90年式でボディカラーはダイヤモンドブラック。屋内保管されていたこともあってボディはピカピカの状態を保っている。アルミホイールはMKでリペア済み、社外のLSD、足回りにはAMS製車高調が装着されている。前オーナーはクルマを複数台所有しており、このM3は趣味として乗っていたクルマだ。年間の走行距離は少なくても、定期的に油脂類を交換するなど大事にされてきた。整備はこのクルマを販売しているポールポジションにてきっちりと施されている。
近年、価格が高騰している初代M3だが、大きく張り出した前後のブリスターフェンダーに憧れる人は多いだろう。簡単に手を出せる金額ではないが、それ以上の満足感とコンディションの良さを感じられるM3である。
維持は大変なの?
1990y BMW M3
M3がスペシャルモデルであることに違いはないが、基本的なメンテナンスはこの時代のBMWに共通している。エンジン回りでは燃料系に注意したい。
必要になる部品は
予めストックしておく
基本的なメンテナンスは、この時代のBMWと変わらず、定期的に消耗品を交換していくことにある。ただ、専用パーツは高価になっていて純正品にこだわりすぎると逆に入手に時間がかかったり、費用が嵩んでしまうことがある。メンテナンスに使用する補修部品は海外オーダーになることが多いので、必要になりそうなパーツを見つけたら、買い置きしておくのも一つの手。入手困難な外装品について海外に社外品もあるそうで、それを活用するのも有効な手段だろう。こういった部品の入手も含めて楽しめるようになれば、クルマ趣味人としての満足感も高まるはず。
希少なクルマなので、ここが弱点といった部分はあまりないが、前よりもエンジンが吹けなくなったなど、名機S14ユニットの調子を落としているクルマが多いのが、最近のM3におけるトラブル傾向。エンジン不調の原因は様々な要因が重なって起きるが、注意したいのが燃料系だ。燃料ポンプなどの基本的な部分は年式的に見ても一度は交換されていると思う。だが、燃料の出口となるインジェクターは忘れがちなポイントだ。エンジンの調子を大きく左右するパーツなので、しっかりとメンテナンスしておきたいところ。ただ、このインジェクターは高価。修理工場によってはインジェクターを洗浄する整備マシンを持っているところもあるので、それを活用すれば費用を抑えられる。
もう一つエンジン不調の原因として多いのがエアマスセンサー。M3はフラップ式となっており接点が削れて抵抗値が狂ってしまうことがある。そうなると空気の流入量を正しく検知できずにトラブルが発生するのだ。プレートとの接点を多少ずらすことで延命を図ることもできなくなくはないが、根本的な解決にはならず基本的には交換となる。
裏技としてはエアマスセンサーを廃止してサブコンピュータを装着する方法がある。一般的にサブコンと呼ばれるこれは、吸入空気量を検知して燃料の吐出量を調整し、最適な点火タイミングを実現するチューニングパーツだ。こういったモディファイを施すのも面白い。
名機S14ユニットの維持方法
M3のメンテナンスは
知識と経験がある工場に依頼する
この時代のM3を快適に維持するために重要なことは、主治医ともいえるメカニックを探すこと。このエンジンに詳しい人に任せるようにしたい。
特別なクルマであっても
基本メンテが重要になる
レーシングスペックを持つS14ユニット。簡単にダメになるエンジンではないが、やはりメンテナンスはM3に詳しい修理工場に依頼するようにしたい。取材車を販売しているBMW専門修理工場ポールポジションは、この時代のBMWに精通していて、Mシリーズだけではなく、アルピナに関する知識や経験が豊富。
このエンジンを長く快適に維持していくためにユーザーができることは、交換サイクルをきっちり守ったエンジンオイルやフィルターの交換。「そんなこと知ってるよ」と思われるかもしれないが、実際にはオイル交換を怠ったせいでエンジン内部に大ダメージを与えてしまった事例を数多く見てきている。特別なクルマであっても基本は大事なのである。
●TEL:045-945-1331