時代に合わせたチューニングが施された
違いが分かる大人のための3シリーズ
アルピナの歴史は、今では信じられないような幸運によってスタートする。父親の経営するタイプライターなどを製造する工場の片隅で、自分のクルマをイジる息子。そんなどこにでもある風景から、50年の時間を経た現在、世界中にファンを持つ自動車メーカーが誕生したのだった。
BMW1500に組み付けられた2基のダブルチョーク式ウェーバー製キャブレターには、短いインテークマニホールドとスムーズに研磨されたエアファンネル、そして湿式のエアクリーナーが装着されていた。このキャブレターキットによって、たった1499㏄の80 psエンジンは、0→100㎞/h加速13.1秒、最高速度160㎞/hという性能を発揮するまでに高められていた。これが近所の話題となり、ついにはBMWの重要人物の耳にまで届く。そして3年後には、彼がチューニングしたBMW車に対して、メーカー保障を与えようということになったのだ。翌年の初めには、チューナーとしてのアルピナ合資会社が設立された。まさにトントン拍子である。
どんなに実力があってもチャンスに恵まれない人が多い世の中にあって、まさに実力だけでなく運を味方につけたアルピナの創始者ボーフェンジーペン。その後のアルピナ社の歴史を見ても、そこで作り出されるクルマ達もまるで神懸かっている。レースを次々と圧巻し、10年を転機に公道を走るクルマの生産に専念すると発表、登場したB7ターボは300psのモンスターマシンであり、世界で最も速いサルーンとなった。やることがカッコ良すぎるじゃないか、アルピナ!
その後もスチール製キャタライザーキャリアを実用化したり、スイッチトロニックを開発したりと、自動車産業界にも小さなメーカーとは思えないような貢献を果たす。そんな実力派のアルピナだからこそ、それぞれの時代にクルマがどうあるべきか、ユーザーは何を求めているのかを良く理解しているのだろう。
今回取材した08年式のB3ビターボは、335iの2979㏄直噴ツインターボユニットに、マーレー製の専用ピストンを組み込むことで圧縮比を10.2から9.4まで低下させ、最大ブースト圧を1.1barまで高めたスペシャルモデル。
ターボであることを感じさせない335iのナチュラルなフィールと比べれば「ターボ感」が顔を出すシーンもあるが、低回転からトップエンドまでのパワーをバランス良く上積みしている。スペックは370ps/51.0㎏‐m。今回撮影したリムジンの他、ツーリング、クーペ、カブリオをラインナップしている。
同じ3シリーズでもこうも違うのか、というほど、アルピナのチューニングは繊細かつ圧倒的なパワーを楽しむことができるのだ。
取材した車両は走行距離もまだ6万㎞で、これからが楽しめる時期。アルピナは新車価格が高いこともあって、前オーナーが大切に保管し扱ってきたクルマが多い。取材車のエクステリアやインテリアを見ていると、このクルマもそのパターンに合う1台だといえるだろう。
E90型のアルピナが244台しか生産されていないことも、所有する満足感を高めるポイントになるはず。ノーマルともMシリーズとも違う、長い歴史を持つアルピナの繊細かつ上質な味わいを楽しむには打ってつけのクルマだといえる。