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2023.10.11

直6VSV6 6気筒エンジン列伝!Part.01 搭載エンジンから探る世代別の個性

マルチシリンダーの大排気量モデルに憧れが集まる一方で、多くのユーザーが実際に乗っているのは6気筒モデル。そこでここでは、メルセデスの直6とV6について、その違いを多角的に検証してみたい。エンジンそのものの違いはもちろん、メインユニットがV6に変更された背景やそれによって可能になったデザインから走行性能についてまで、2世代のSクラスを検証しながら紐解いていこう

Mercedes-Benz S-Class W140&W220

メルセデスと言えば、花形である12気筒ユニットや現実的な憧れであるV8などの多気筒エンジンが注目される。アクセルを踏むと怒濤のごとくトルクが湧き上がる力強い走りは、こういった大排気量モデルならではの醍醐味だ。しかしその一方で、最も数が売れるEクラスの主力エンジンは6気筒である。V8を押し込んだモデルも存在するが、これはあくまでも特別なポジションで、全体からすれば数%に過ぎない。天下のメルセデスも、実際のところユーザーに選ばれているのは6気筒なのである。

 そんなメルセデスの6気筒エンジンは、戦前から直列の歴史を守ってきた。そもそもメルセデスはエンジンを「動力発生装置」くらいにしか考えて来なかったメーカーなので、より良いフィーリングを追求するため日夜改良を加えるというようなことはなく、一度作ったら15年くらいは平気で使い続けるというのが普通。71年に登場したDOHCヘッドを持つM110ユニットは、大きな変更もなく85年まで生産されているし、次世代を担ったM103ユニットも、ヘッドを載せ替えるなどの変更を受けながら97年まで使われている。

 ところが98年から、メルセデス・ベンツ車のほぼ半分に積まれているこの主力ユニットが、V6へと切り替わった。これは大変革の始まりを意味していた出来事であり、これとほぼ時を同じくしてAクラス、CLK、SLK、Vクラス、Mクラスといった新型車が続々と登場する。つまり、あらゆるタイプのモデルを生産する総合自動車メーカーへと一歩を踏み出すためには、主力となるエンジンはコンパクトで積み込みやすく生産もしやすいV6の方が適していると判断したのだ。メルセデスの直6とV6には、それぞれの世代におけるクルマ作りの考え方の違いが見て取れるとも言える。

 ちょうどこの変革の最中にモデルチェンジを実施したのがSクラス。98年まで販売された3代目のW140は直列エンジンを搭載する前提で設計されていたのに対して、99年デビューのW220は開発段階からV型エンジン専用のボディとしてデザインすることが可能だった。その生産方法も、フロントセクションとサスペンションが組み付けられたリアセクションが別々に組み立てられ、これをボディにボルトオンするというやり方が採用されている。いかにも威圧的なグリルがそびえ立つW140のフロント回りに対して、ボンネット回りが低く抑えられ、曲線的でエレガントな雰囲気を持つW220。これが可能になったのは、直6ユニットを積み込む必要がなくなったからとも考えられる。

 そこで6気筒エンジンの魅力を考える今回の特集のトップでは、メルセデスの直6ユニットとV6ユニットについて、この2世代のSクラスを比較することで多角的に調べてみたいと思う。デザインやドライブフィール、構造的な違いによるメンテナンス方法の相違点まで、単なるエンジンタイプの違いにとどまらないそれぞれの個性に迫るコーナー。Sクラスが好きなあなたも、Eクラス一筋の人にも、きっと楽しんでもらえると思う。

直列6気筒エンジン(M104)

フィーリングの良さでは「BMWを超えた」とまで言われたM104ユニットも、改めて見てみるとSクラスのボディでも前後方向に詰まっていることがよく分かる。ベルト駆動のファンも取り付けられているが、余裕あるスペースではない。

●エンジン方式:直列型DOHC4バルブ ●エンジン形式:M104.990 ●総排気量:3199cc

●ボア×ストローク:89.9×84.0mm ●圧縮比 10.0:1 ●カムシャフト駆動 ダブルチェーン式

●制御方式:BOSCH LHジェトロニック ●点火順序:1→5→3→6→2→4 

●点火プラグ:BOSCH FR8DC ●オイル容量:8.0ℓ 

●最高出力:231ps/5600rpm ●最大トルク:32.1kg-m/3750

 

直列6気筒エンジンが構造的に優れているポイントはバランスの良さ。吸気→圧縮→燃焼→排気という一連の工程で出力軸が2回転する4サイクルエンジンなので、360度×2回転=720度の内に6気筒分の燃焼を行なえることになる。つまり1つのシリンダーが燃焼してクランクが押し下げられてから次の燃焼までの間にクランクシャフトが回転するのは120度。前の燃焼によってクランクがまだ押されている間に、次の燃焼が起きるというサイクルになる。これが4気筒エンジンだと180度になるので、前のシリンダーがちょうど排気工程に入ったところで次の燃焼が始まるという、バトンタッチ・タイミングなのだ。また振動という面でも、タイミングによって振動を相互に打ち消すことができるため、非常に有利である。

 物理的には優れた直列6気筒エンジンだが、問題になるのはその形状。6つのシリンダーを並べるため長くなり、ピストンは垂直に上下するため高さも必要になる。ノーズの長いスポーツカーなら長さの問題はクリアできるものの、デザイン面でもボンネットを高くするわけには行かず、エンジンを傾けて搭載するという荒技も行なわれてきた。

 さて、それでは分厚いグリルを持つW140のSクラスではどうかと検証してみると、さすがにV12を収める前提で開発されたエンジンルームだけあって、全長ではまだまだ余裕あり。ところが高さについては、エンジンの先端部分を見てみると何とフェンダーの位置よりも少し上に出ているようにも見える。ボンネット中央の膨らみも利用して収めているのだろうか、とにかく干渉ギリギリという印象だ。振動対策としてオイルを封入した分厚いエンジンマウントを使用しているのも一因だろうが、横方向には鳥が巣でも作りそうなスペースが空いているのに、縦には余裕がない。

 さらにDOHC化されたM104ユニットはヘッドの上に点火コイルなども収めているため、エアクリーナーはサイド部分に移されて、ヘッドの上を薄く潰されたインレットパイプが横断しているという吸気系のレイアウトも印象的である。

 

V型6気筒エンジン(M112)

凝縮感のあるコンパクトなM112ユニットが、エンジンルーム後方に収まっているW220。高さにも余裕があるため、カムカバーの上にさらに樹脂製の化粧カバーが取り付けられ、エアクリーナーケースがそれと一体になっている。

●エンジン方式V型SOHC3バルブ ●エンジン形式:M112.944 ●総排気量:3199cc

●ボア×ストローク:89.9×84.0mm ●圧縮比 10.0:1 

●カムシャフト駆動:各バンクダブルチェーン式

●制御方式:BOSCH モトロニック ●点火順序:1→4→2→6→3→5 

●点火プラグ:BOSCH FR8DPP ●オイル容量:8.0ℓ 

●最高出力:224ps/5600rpm ●最大トルク:32.1kg-m/3000~4800rpm

直6の形状的な弱点を解消するのがV6ユニット。縦と横のサイズはほぼ等しく、上から見ると正方形に近い。このため横置きにしてFFにも利用されているほど。またシリンダーがV字型に配置され、各バンク45度も傾斜しているため同じストロークを確保しても高さが低くできる。上のM112エンジンを見れば一目瞭然、ヘッドの上にはエアクリーナーがセットされ樹脂製の化粧カバーで覆われている。これだけ上方向のスペースに余裕があるわけで、吸気のデリバリーパイプすら薄く潰さないといけない直6とは大きな違いだ。

 またブロックがV型となることでエンジン前面の面積が増え、補機類の取り付けスペースに自由が利く他、ベルトの取り回しもやりやすい。エンジンパーツの生産時にも、クランクシャフトやカムシャフトなどの長さは直6の約半分で良いため、精度を出しやすくコストも抑えられる。

 その反面、部品点数は増えてしまう。DOHCとなればカムシャフトは4本必要になり、駆動するためのチェーンも倍必要になる。しかしM112ユニットでは、1本のカムシャフトで吸気側2つ、排気側1つの3バルブを駆動するSOHCという方法で、カムシャフトの数は2本に抑えられている。

 W220型Sクラスのフロントノーズは低く絞り込まれ、グリルはコンパクト。W140の威圧感あるフェイスからエレガントな顔立ちとなったが、これもV6ユニット化によってボンネットの高さが抑えられるようになったために実現したスタイリングと言える。W210型Eクラスの後期モデルがフロントフェイスを美しく一新できたのも、このエンジンの高さ問題をクリアできたからに他ならない。

 このようにコンパクトなV6ユニットは、デザインの自由度を高め、空力性能を向上させる効果も大きいのだ。左の測定数値を見てもよく分かるように、とにかく小さく収まるV6ユニットは、衝突時にクラッシャブルゾーンを設けて衝撃を吸収する現在のボディ構造における安全スペースを確保するためにも、積極的に採用されているのが良く理解できるわけだ。

※本記事は2011年4月号に掲載されたアーカイブ。内容や表記は取材当時のもの。