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修理工場におけるクルマのデジタル化の現状 クルマのデジタル化で一変した故障診断

CANバスの搭載は整備においても大きな影響を与え、故障診断の仕方もアナログ世代とは大きく異なっている。クルマのデジタル化で整備の現場はどのように変わったのか。電子制御世代のドイツ車に詳しいメカニックに話を聞いてみた。

コンピュータ診断機がないと何もできない

 CANデータバスの搭載によってクルマは大きな進化を遂げ、各部を効率的に制御できるようになった。最適な燃料噴射による燃費の向上や、ESPやABSなどが連動して作動することによって安全性能も大きく向上している。メンテナンスついても大きな進化を遂げ、テスターによってクルマの状態を把握しやすくなったのが大きな特徴だ。では、実際の現場においてデジタル世代の故障診断はどう変わったのか。

  まず、、デジタル世代のクルマはコントローラーによる電子制御。あらゆるセンサーからの入力を判断した結果を、アクチュエーターを通じてエンジン制御している。テスター、外部診断機、スキャンツールなどいろいろな言い方をするが、こういうものを使ってECUがどういうデータを認識しているのかを見ないと正しい診断ができない。また、CANデータバスによって、各コントロールユニットが自分たちのステータスを通信するようになっている。お互いのデータのやりとりをクルマ側がやるようになったので、テスターがないと正確な診断や調整ができないのが現代の整備なのである。

 テスターを繋げば、トラブル箇所がすぐに分かるといったエキスパートシステムのように思ってしまうが、じつはそうではなく一つの判断材料を提供してくれるだけ。配線が切れるような明らかな故障はちゃんと診断してくれるが、論理的に考えてここがおかしいという判断はできない。例えば水温センサーは零下から90℃くらいまで上がる。でも実際の水温が20℃くらいだったとして、水温センサーが50℃と判断してもユニットはそれがおかしいとは分からないため50℃に対する燃料噴射をしてくる。そうすると故障ではないが、朝から燃料をたくさん噴射してエンジンがかぶり気味みたいなことが起きる。診断機は万能ではないということだ。その一例として故障コードとして残らないトラブルもある。

 現場のメカニックに話を聞いてみるとこんな答えが返ってきた。

 「メルセデスに多い症状としてエンストやエンジンがかからないというトラブルがあって、診断機でチェックしても故障コードが出ない。じつはこれ、クランク角センサーの不良でした。メカニックの立場からすると、クランク角センサーの信号がこないならエラーを拾ってくれよ! と思うんですが。プログラムのことまでは分かりませんが、何でこの故障を拾わないの? という部分が非常に多いですね。だから、診断機を繋げば何でも教えてくれるわけではなく、逆に複雑になったと思います。診断機を鵜呑みにして、故障コードが出たところを全部交換しても、何にも直らないということもあるんです。経験が大事なのは昔も今も変わらないですね。数をこなしていくと症状と故障コードを見たときに、ある程度原因が分かるようになってくるんです。よくエアマスセンサーが壊れるって聞きますよね。私の経験では断線以外で、エアマスの不良による故障コードが出たことはほとんどありません。むしろ全く関係のない故障コードがたくさん出てくる。でもそれは違うということを知っているから、エアマスをチェックしていくんですけどね。故障コード通りに交換していっても直らないですよ。あとは、BMWやVWに多いABSの警告灯。診断機ではセンサーの不良と診断されることが多いんですが、ほとんどの場合がABSユニットの不良です。センサーだと診断されてしまうのは、ユニット自体がセンサーからきた信号を読み取れないからです。そこの判断はできないんです」

CANデータバスの搭載によって整備はどう変わった!?

故障診断がしやすくなった

コンピュータ診断機に繋ぐことで、そのクルマの状態がすぐに分かるようになった。トラブルの原因が特定しやすくなったのが大きなメリット。

配線の減少による整備性の向上

電子ユニット化とCANバスの採用により、装備が増えたことで膨大に増えた配線を極力少なくすることに成功。整備性の良さにも繋がっている。

クルマの状態を把握しやすくなった

メーター内部にあるディスプレイなどにトラブル箇所が詳しく表示されるようになり、ユーザー自身がクルマの状態を把握しやすくなっている。

診断機だけでは判断できない部分も

デジタル化が進んだとはいえ、診断機だけではトラブルの原因が特定できないケースもある。メカニックの知識が必要になることも多い。

 

クルマのデジタル化は故障を複雑なものにしてしまった感もあるようだ。こういった例もある。

 テールランプのスモールが切れると、ストップランプを減光してスモールの代わりにする。メーターのディスプレイにはバルブ切れと表示されるので、後ろに回ってテールランプを確認するが、減光して点いているのだ。アナログ世代のタマ切れならバルブを抜いて、電気がきているかをテスターを当てて確認するという方法だったが、今はバルブが切れると、クルマ側が電源を切ってしまう。そうなるとテスターを通じて強制的に電圧を送るアクチュエーターテストというのが必要になる。アナログ時代から考えれば、バルブ一つの交換でもかなり面倒になっているのだ。メーターにサービスランプが点いたらテスターでリセットしなければならない。

 メルセデスならW211、BMWならE90などの世代から、エンジンオイルのレベルゲージがないクルマが増えてきている。オイル交換をするだけでもテスターに繋いでオイル量を確認する必要があるのだ。最近ではタイヤのエア圧などもコンピュータで制御しているので、エアの調整やタイヤを交換するだけでもテスターに繋ぐ場合もある。

 見た目は同じ自動車ですけど、世代によって全く違うものに変わっている。アナログ世代はリレーのオンオフだけの制御。電動ファンにしても回るか止まるかだからとても分かりやすい。でも、今は電動ファンにおいても細かく制御している。昔のようにテスターを当てて抵抗を見るといった整備ではもはや直せないのが現状なのである。診断機がないとまともな修理ができないというのは、こういった理由があるからだ。クルマの進歩とともに診断機バージョンアップが必要。もはやハンドツールだけでは整備できないのである。

クルマのデジタル化で故障の形態が大きく変化

アナログ世代はエンジンに燃料を送って、点火して、タイミングを合わせて回すという極めてシンプルな構造。しかしデジタル世代は細かな電子制御によって全体が構成され、診断機を使ってメンテナンスすることを前提に設計されているのだ。では、デジタル世代とアナログ世代でのトラブル傾向はどう変わったのだろうか? 前出のメカニックに話を聞いてみた。

 「デジタル化されて故障の形態が変わりましたね。体感できない故障が出てくるようになりました。例えば、エンジンの調子は悪くないのにエンジンの警告灯が点くとか。エンジンのいろんな不具合を一つの警告灯で表示しているので、排ガスの基準がちょっと狂っても警告灯が点きます。でもエンジンの調子としては悪くないんです。そういうのを直すのが難しい。トラブルが起きれば症状から原因を追究していくわけですが、警告灯は点いていてもクルマの調子は悪くないというのはやりにくいですね。昔のクルマは基本的にほとんど同じでしたが、今は集中制御だからハードウェアとしてどういうロジックで制御しているかを知らないと直せない。クルマを見るというより、マニュアルや配線図、診断機が重要な役割を持つようになりました」

 クルマのデジタル化はメカニック自身の認識も大きく変えたとも言える。アナログ時代は、手で触って目で見て物事を判断していたが、今は見えないソフトウェアを自分で想像して結論を出すというプロセスが必要。メカニックに求められる資質がアナログ時代とは全く違うのかもしれない。でももちろんクルマだから、ブレーキパッドを交換したり、オイルが漏れていれば分解して直すというアナログ的な作業もある。しかし、クルマのデジタル化によって、例えばABSの不良でも『警告灯が点灯→データを読む』という作業の流れの中で、目で見えるものは何もない。切れたり割れたりしていればいいが、そうではないので何が悪いかというのを自分の頭の中で想像しなければならない。燃料が濃いという症状が出たときにも、水温センサーのデータがおかしいのか、インジェクターが10開くように指示しているのに、実際は12開いているとか、それを頭の中で想像して考えていかなければならない。テスターから出てくる数字だって本当に正しいのかは分からない。そういったあらゆる可能性を頭の中で考える能力がないと今のクルマは直せないのだ。

 クルマのデジタル化によって、故障診断は大きく変わった。コンピュータ診断機は確かに便利なツールだけれども、その一方でトラブルが複雑になったという側面もある。また、クルマがどんなにデジタル化されても、直すのは人間であることを忘れてはならない。故障診断にしても、メカニックの知識や経験が重要になってくることはデジタルもアナログも変わらないのである。

ABSやエアバッグなど警告灯が点灯する理由は様々。診断機でチェックするとエラーコードが出るが、必ずしもそこが原因だと限らないのが難しいところ。