TOP > 記事 > 【BORNEO SAFARI 2025レポート】過酷であるほど増す魅力それがボルネオサファリだ

NEW

ウインチ エンジン

2026.03.03

【BORNEO SAFARI 2025レポート】過酷であるほど増す魅力それがボルネオサファリだ

マレーシアのボルネオ島で開催される『ボルネオサファリ』は、SFW SABAH FOUR WHEEL DRIVE ASSOCIATION )の前身となるKFWDCキナバル・フォーホイールドライブクラブ)の運営によって1991年に第1回大会が開催されてから、35年の長い歴史を持つオフロードイベントだ。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを受け、2020から2年間延期された経緯はあるが、この2025年で第33回大会を迎え、数人のクラブメンバーで始まったボルネオサファリも今や参加台数641台1800人を超える大所帯となっている。
なお、ボルネオサファリはSSでタイムを競うコンペティション部門と、ジャングル奥深くのルートを仲間達と協力し合いながらコンボイ走破するエクスペディション部門の2本立てで運営されている。参加者全員でジャングル奥地まで行き、そこでコンペティションを行なうのがボルネオサファリ本来のスタイルだったが、膨大に膨れあがった参加者を同じルートでコントロールすることが難しくなり、2022年からは運営方法に工夫が凝らされている。すべての参加者が楽しみにしている難所、つまりハードコアルートを全員が走れるように重複する部分を設け、コンペティション部門とエクスペディション部門が異なるルートでハードコアルートにアクセスするという手の込んだ運営なのだ。
そんな変換期を迎えつつあるボルネオサファリ2025に参加するため、筆者は初参加となる仲間と連れ立って機上の人となった。同行したのは都内でIT系企業を経営する竹名秀仁氏(通称ヒデ)51歳。これまで忙しく働き詰めの人生を送ってきたヒデは、ここ数年でジープとオフローディングの魅力にはまり、さらなるわくわく感を求めてボルネオサファリを体験したいと参加に踏み切った1人だ。ヒデ曰く、ここ20年間海外渡航経験無し、語学力ほぼゼロ、オフローディングスキルはビギナーレベルとのことだが、最も大切な「思う存分楽しもう」という姿勢が明確だったため、ふたつ返事で私と同行参加が決まったのだ。もちろん開催日までに最低限必要なウインチングの練習はしたが、マレー語や川での行水、野糞に慣れる訓練までは手が回らず、現地で慣れるという強硬手段を取るほかなかった。
ヒデがボルネオサファリに参加する際の障壁となったのは、最低10日間会社から離れなくてはならないことと、クライアントから連絡を取れるようにしておいて欲しいという現実的なものだった。幸いにも優秀なスタッフに恵まれていたため、10日どころか2週間も日本から離れることができ、嬉しくもあり少し寂しい思いをしたヒデ。また空が見えればネットに接続できるスターリンクという文明の利器を借りて、クライアントを説得させることにも成功。こうした前向きなベクトルがあれば、なんとかなるものだ。
参加費用に関しては、エントリー費7万円弱(2人)、航空運賃約13万円/人、会期中食事代約1万円/人に加え、スタート前後のホテル代約1万円/人、そしてクルマのレンタカー費用20〜30万円/台(借りる車種や人数で前後するが、4人で借りれば1/4)程度。つまり一般的な海外旅行に比べて、さほど高くなく、普通は体験できない世界に飛び込むことができる。

今回のボルネオサファリはトンゴット近くのピナンガ・フォレスト一級保護区を中心にルート設定された。希少動物も多く、サイチョウが独特な声で鳴きながら上空を悠々と飛ぶ姿は、ジュラシックパークそのもの。野生のボルネオゾウに出くわしたコンボイグループもいたそうだ。

増水のため渡河をキャンセルしたものの、迂回路にもハードセクションが待ち構えていた。突然現れたダウンヒルは高低差15m程もあり、もはや崖と言っても過言でないレベル。アウトドアパークブロンコの70mダウンヒルで練習をしてきたヒデは、冷静にクルマの向きを保ちながらこのセクションをクリアした。

大雨の影響で河へのアプローチに大量の土砂が堆積し、ディープスタックが必定と予測したエクスペディションリーダーのアンソニー氏が迂回を決断。川沿いに迂回するルートは30〜40㎞遠回りになるが、コンボイ全体のレスキュー時間を考慮すれば急がば回れだ。

深いモーグルやキャンバー路が続き、ウインチを必要とするシーンも増してくる。最強と言われていたP.T.O.ウインチでもさすがに音を上げ始め、主力で働いていた3台のウインチが不動に…。古い丸太橋も所々に残っており踏み外さないように注意深く渡るが、装備満載の車重に耐えかね丸太が折れてしまうこともある。このような繰り返しから、日常生活にない「かもしれないセンサー」の感度も研ぎ澄まされてくる。

これは絵空事ではないあなたも参加は可能だ

33回大会は2025年10月26日、例年通りコタキナバル中心街のガヤストリートに建つサバ州観光協会前で、フラッグオフというスターティングセレモニーが開催される。我々は長大なコンボイの先頭を走るエクスペディションリーダーのサポートという名目でオフィシャルコンボイに帯同することになっていたため、午前8時に予定されているフラッグオフよりもかなり早い朝5時に現地入りしたが、すでにガヤストリートに接続する通りはすべて参加車両で身動きが取れない状態。どうやっても本来のスターティングポジションに辿り着けないため、移動しながらエクスペディションリーダーに追いつくしか手段はなく、少しでも早くスターティングゲートを通過するようヒデに託し、フラッグオフセレモニーの撮影に向かった。
セレモニー会場ではハイテンポな民族音楽が打ち鳴らされ、今まさに先頭グループがスタートするところ。ジャングル奥深く入り込むためのエクスペディション仕様にカスタムされた600台を超える4WDの塊は、壮観という言葉を超えて見る者を興奮させ、人垣で埋まったガヤストリートは興奮の坩堝と化す。40〜50台はスタートしただろうか、ようやくヒデの乗るディスカバリーが鈴なりになった人垣の中から姿を現した。
このレンタカー、ボディこそディスカバリーだが、エンジンはメガクルーザーやコースターなどに搭載された4.1ℓ4気筒ディーゼルインタークーラーターボの15B‐FTエンジンに換装され、足回りはランクル80のフロントアームや前後アクスルが移植された、もはやディスカバリーとは呼べない代物。いわゆる魔改造の部類だが、こんなクルマに一度は乗ってみたかったというヒデの判断から、一抹の不安を拭えぬままレンタルすることになった車両だ。大きく手を上げて満面の笑みでフラッグオフアーチを通過したヒデを追うが、すぐに見失ってしまった。近くにクルマを停められなかったため300mほど離れた場所に居ると連絡があり、徒歩で現地に向かうが、どうもヒデの様子がおかしい。「ギアが入らない」と真顔でいうヒデに、ニュートラルで空吹かししてクラッチを奥までしっかり踏むよう伝えたが、ガリガリとギア鳴りするだけで一向に入る気配がない。ボンネット開けてクラッチフルードをチェックすると空っぽ!前日は満タンに入っていたのに…。ミッション下に潜ってチェックすると、クラッチのレリーズシリンダーがフルードまみれ。予備のクラッチフルードやカップキットなんて持って来ていないので、レンタカーオーナーから修理工場に応援要請をしてもらう。
30分ほど待っただろうか、クラッチフルードを持ったメカニックがやってきて、後で部品交換をするからフルードを追加しながらキャンプ地のナバワンまで走れという。フルードさえ入れれば走ることができるので、発進停止時以外はクラッチを踏まずにシフトするノークラッチシフトでナバワンまでの170㎞を走ることにした。このノークラッチシフトにはちょっとしたコツが要るが、マスターして楽しそうに運転するヒデを見てひと安心。スタート後わずか300m地点で見舞われたトラブルを克服し、170㎞の道のりをグーグルマップ頼りで走りきり、ようやく本隊に追いつくといった初日から単独エクスペディションを満喫した1日だった。

ジャングルで味わう非日常まさに記憶に残る冒険旅行

ジャングルに向かう最後の町ナバワンでは、コンペティション部門のスペシャルステージ(SS)がプロローグSSとして一般観戦の元で開催された。観客はナバワン地区ばかりでない。遠方からもボルネオサファリのSSを見たいと1000人を超える人々が集まり、SSステージにアタックするコンペティションバギーの熱い走りに声援を送っていた。
ボルネオサファリのコンペティションは、アジア地区で開催されるクロスカントリー競技のマスターピースといえるもので、1台のマシンにドライバーとコ・ドライバーが乗車し、コの字に囲まれたスターティングボックス内でドライバー自らがスタートボタンを押して発進するスタイルだ。様々な難所が組み込まれたSSを10分の制限時間内にクリアしなくてはならないため、ドライバーとコ・ドライバーはインカムを通して連携し、ウインチやグランドアンカーを駆使しながらアタックするとても過酷なレースとなっている。スターティングボックス以外のテープやポールタッチに関しては減点も無いため、豪快な走りを見られるのも大きな魅力だ。コンペティター達は8日間、このエアコンもないマシンでジャングルのハードコアルートを移動しながら戦い続けるため、並みの体力では戦い抜くことができないのだ。
翌日は朝5時半起床で7時出発。シュラフやテント、ベッドを片付けて朝食を摂るには、思いのほかタイトなスケジュールだ。我々は朝食後の珈琲を楽しむ間もなく、魔改造ディスカバリーの運行前点検を実施。昨日不具合を起こしたクラッチは、マスターシリンダーなどを交換したので、今日からは安心して走れそうだ。キャンプサイトを出発し、最後のスタンドで満タン給油。いつしか舗装路からダートになり、油椰子が整然と並ぶパームオイルプランテーションに入る。しばらく走ると油椰子が消え、周辺がジャングルの様相になってくるが、先を急ぐ本隊はハイペースでダートを走り続ける。しかし魔改造号はエンジンパワーこそあるものの、バランスの悪いサスペンションと引っ掛かりを感じるラムステアリングのために思うようにペースを上げられない。しかも激しい振動でサスペンションが底付きし、再びトラブルを起こすのが目に見える走りだ。ヒデに少しペースを落とすよう伝えて先行車を追うことにした。案の定、パワーウインドーが動かなくなり、ラジオの電源も落ちてしまったため休憩時にトラブルシューティングをする。しかしそこは魔改造車、ヒューズすら見つけることができず、修理を諦めてそのまま走り続けることにした。その後、ジャングルが開けた先に蕩々と流れる幅100mほどの河が現れた。アプローチは深い泥砂で埋まり、水深も深く水量もかなり多いため、エクスペディションリーダーは渡河を避ける判断を下し、30〜40㎞迂回するルートを走ることになる。ジャングルで無理をすれば、ちっぽけな人間なんて自然の猛威に太刀打ちできるはずもない。
迂回ルートとはいえ、突然15mほどの崖下りやウインチングセクションが次々と現れる。ほとんどの車両にはエンジンの動力を利用するP.T.O.ウインチが装着されているが、過負荷の続くウインチの酷使に1台また1台と不具合を起こし始めた。残された動くウインチを頼りに山河を越えるが、巨大な丸太橋が崩落したことによる大渋滞が現れる。先行グループがウインチングしているが、どうみても今晩中に通過できる見込みがないため、ここをキャンプ地として翌朝アタックすることになった。
蒸し暑さで目覚めてテントから外に出ると、昨晩までの渋滞が嘘のように無くなっており、夜通しのウインチングで多くの車両が対岸に渡ったと知る。崩落現場では大型バックホーが2台で川底までのアプローチを作っており、1時間ほどで我々も河を横断することができた。その後、魔改造ディスカバリーが突然のエンジンストップ。全ての電源がシャットダウンしたのと同時だったため電装系を疑ったが、駆けつけたメンバー達は燃料系が怪しいとプライミングポンプを叩き始めた。結果的にはバッテリーターミナルに装着されたバッテリーカットオフスイッチの内部が振動で壊れてショートしたのが原因で、電源が遮断されたため燃料供給のストップソレノイドが燃料をカットしたのだろう。バッテリーカットオフスイッチを外し、事なきを得た魔改造ディスカバリーは再び走り出した。
このように非日常をドラマのように体験できるのがタグ・オンと呼ばれるエクスペディション部門で、我々はオフィシャル帯同だったためハードコアと呼ばれる極悪路を20㎞走ったが、正規なタグ・オングループには30㎞のハードコアルートが用意されていた。もちろんスコールに見舞われればルートはスーパーハードコアに豹変し、1日に数100mしか進めないこともあるのだ。
余りの過酷さに人もクルマも音を上げながら前進するボルネオサファリだが、それ故にジャングルを抜け出たときの達成感や感激も大きい。参加者全員が勝者であり主役と言われるのも、ボルネオサファリで得られることが余りにも大きいからだ。機会とチャンスを作ることができるなら、ぜひとも一度、人生を豊かにするイベント「ボルネオサファリ」に参加することをお勧めしたい。

今回ヒデがレンタルしたディスカバリーは、エンジンも足回りもトヨタ製という魔改造車。強大トルクでドカンと押し出されるような走りは最高だったが、スタート直後のトラブルに始まって、メーターやパワーウインドーが動かなくなるなど電気系のトラブルが満載だった。とはいえ緊張を強いられるジャングルの中で、ヒデにとってエクスペディション感を盛り上げてくれた最高の相棒となったに違いない。

メガクルーザーやコースターなどに搭載された4,100㏄4気筒直噴ディーゼル15B-FTに換装されたエンジンルーム。

センターコンソールの一等地に装備されたデフロックとP.T.O.ウインチの操作レバーが気分を盛り上げてくれる。

マレー語でガイドされることもあるため、車内に貼ったアンチョコ。日本人にとってマレー語はとても難解なのだ。

都内でIT系企業「リバイズ株式会社」を経営するヒデこと竹名秀仁氏。やりたいことを見つけると猪突猛進するスタイルは、学生時代に培ったラガーマンの精神なのだろう。今回はディスカバリーに乗ったが、根っからのJeepマニアだ。

チームジャパンのラムジー/大西組は、全20SSのうち19SSを見事に走り抜いた。4WSやポータルアクスルを装備したハイパフォーマンスマシンが増える中、ベーシックなスタイルで挑み続ける姿勢に共感する。さらに今年からタイのトルキーウインチを搭載するなど、進化も忘れない。

チーム・Asli4x4のローランド・リュウ/サジェイミー組が、2位以下に大差を付けて33回大会を制した。驚くべきはボルネオサファリの長い歴史の中で誰も成し得なかった3連覇を達成したことだ。

ウインチラインには必ずウインチダンパーを使用するよう規則で決められ、安全性が計られている。

ディープウォーターからウインチングで脱出。水や泥に対する対策が万全でないとクリアできない。

競技中に横転しても時計は止まらない。規定の10分以内にウインチでマシンを起こし、ゴールを目指す。

ウインチアンカーの確保はコ・ドライバーの仕事。重いグランドアンカーを持つなど体力も求められる。

ボルネオサファリにはナイトSSも設定されるため、マシンに装着するランプ類もおろそかにできない。

ルートは自ら確保しなくてはならないため、コンボイメンバー全員で土木工事をする。完成するとエクスペディションリーダーのアンソニー氏が洒落で開通式を執り行なうのだが、この後に再崩落したことは秘密。

  • Special Thanks:SFWDA