TOP > 記事 > 【JIMNY CUSTOM BOOK vol.13】温泉と、本と鰻とジムニー

【JIMNY CUSTOM BOOK vol.13】温泉と、本と鰻とジムニー

ジムニー旅も今年で3回目、今回もジムニーだからこそ楽しめる旅をコーディネイトしてくれたアピオ社長に感謝しつつ、レンタルしたジムニー シエラ apio Ver.を長野県まで走らせます。楽しみは、温泉・本・鰻・走りと盛り沢山。ジムニーだからこそ!シーンをたっぷり紹介しましょう。
「今行くの!?」って、みんなが訊きました。勝手に旅ものをシリーズ化しておきながら、制作ヤマ場にノープランです。平然と見せて、本当に切羽詰まっている時は、その道の人に訊きましょう。アピオの社長は、いつだって、旅のヒントとジムニーを提供してくれます。
気分一新は旅の効能。繁忙の、さなかに行くからこそのリフレッシュ。「本当は、それどころじゃないけど愉しむ1泊2日」。シリーズの裏テーマとしておきましょう。
名残雪、ではなく残雪の中を進む。スノーアタックは想定していなかっただけに旅の記憶に深く刻まれる。絶景はこの難局を乗り越えた先にあるのだが…。

お宿の名前は、『蓼科親湯温泉』。由緒ある温泉に美味しいもの、このへんを押さえているならそれでいい。他をあたる理由も時間も見当たりません。この度乗るのは「ジムニー シエラ(JB74型)アピオ最新バージョン」。春とはいえ、雪が残っていそうな蓼科です。スタッドレスがいいでしょう。せっかくなので、林道も走りましょう。とにかく予約を。事は急を要しています。
道幅はジムニーの車幅1.5倍ほど。待避できる場所も見当たらず、対向車とすれ違うのは、結構厳しい。最初は、土に多少の砂利が混ざる程度の乾いた路面です。冬枯れした木立の中を難なく行きたいところですが、この道は終始、右手は斜面、左手は崖。ガードレールは1つもない。うっかりコケれば、木に引っかかるか谷底です。このジムニーは、路面の変化がわかりやすいのが特徴で、ハンドルから伝わります。車体のコントロールがしやすいおかげで、コーナーでリアが滑っても体勢を戻しやすい。その点、構えたほどの技量は必要ありませんでした。
10分も走ると、うっすら雪の残った道になりました。この辺りの管理者の車でしょうか、そこに残る2筋の轍に、あまり深さはないのですが、固く凍って滑りやすい。ハンドル操作が不安定になるものの、こういう場合、轍を外れないというのが鉄則です。外れた途端、ハンドルを捕られて、滑って、崖から転がる。急発進、急加速、急ハンドル、急ブレーキはできる限り避けて、スタックしそうになっても無理にアクセルを踏まない。凍った路面が、乾いた路面に見えることにも注意して、丁寧に轍を辿りながら、時速5〜10キロでジリジリと進みます。
ここまでギアはDレンジ。ここから先は、いよいよローギア、4WD ‐LO』。ハンドルをしっかり握り、スタックしそうになる度、タイヤを左右に揺らしてジリジリ。10メートルほど、進んでみたら上り坂。戻ります。この道幅でUターン。ゆっくりと山側に少しバックしては、カメラマンが踏んだ、崖っぷちまで前に出る。車の先の、雪がハラリと崩れる度、力むわたしの首筋に、汗が流れていきました。
牧場に行きたくて、もう1本の別ルートへ、と思って見たら、入り口から雪がふかふか積もっています。こちらはランドクルーザーだって普通に走れる2車線、雪の下は舗装路。しかし、もう行けない、頭はすっかり牧場なのに。
分岐あたりのスペースで、コーヒーを淹れました。美味しいコーヒーは、頑張った2人を癒してくれます。しゃれたコーヒーセットに豆まで揃える社長は、よく気がつきます。
土地に明るいカメラマンが、ビーナスライン沿いに、美味しいボルシチがあると誘ってくれました。食堂のお休みは平日。この日も平日。お昼のあてがなくなりました。撮影をということで、雪で真っ白い、ちょっと遠くの丘に彼を落として一旦、2人の距離を置きました。わたしはビーナスラインを駆け抜けます。

道を踏み外せば少し面倒なことになる、そんなことを頭の片隅に置き、ほんの少しだけ右足に力を入れる。ジムニーは軽快に姿勢を乱すことなく前へと進んでいく。

雪解けあとの林道は、至る所に倒木があり、行く手を遮られることもしばしば。春の訪れを感じるシーンではあるが、ここを管理する人がいるのだと思うと頭が下がる。

林道にわずかなスペースを見つけてコーヒーブレイク。社長が用意してくれたコーヒーセットで入れる焙煎したての豆は、豆の香りがたち、林道での休憩にピッタリ。

ボルシチを目指しビーナスラインを行くも残念ながら願いは叶わず。しかし、八ヶ岳連峰や南・中央アルプスなどの絶景を眺めながらの残雪ドライブは格別。

ビーナスラインから30分程で今夜の宿です。創業大正15年。武田信玄の隠し湯だったという源泉。今も豊かに湧き出でて、効能も多様です。木々に囲まれ、お湯に包まれ、今日の疲れや日頃の憂さが、渓谷の風に吹き飛ぶ思いです。
この時期の食事は和フレンチ「蓼科 山キュイジーヌ 春」。わたしのあくまで感想です。つくしや蕗は、芽吹いてすぐの、風味の濃さが美味しいし、野菜も同じと思います。その繊細な頃を余さず味わえるよう、大切に料理されているようでした。もちろん、信州牛も格別です。

最近は、本を楽しむ宿が増えました。しかし、こちらの蔵書は約3万冊。中でも「岩波文庫の回廊」には、今では、書店で見ることのないものも含めて、おびただしい数の文庫が揃っています。多岐に渡ったラインナップには、私がずっと探していた写真集「1994カルティエ・ブレッソン」が。この旅1番の興奮が訪れました。この宿は誰もが知る、作家、俳人、歌人たちが何度も訪れ、湯に親しみ、作品を残しています。自分がここに居て、深く呼吸し、体を伸ばし、ただ好きな本を眺めている。近年1番の贅沢ができたように思います。

ここではジムニーが働いています。スノープラウを装備したJA11。これはなかなか見られるものではありません。積雪で宿への道が通行しづらくなった時、除雪作業に使うのだそう。宿の方とお話しすると、案内をしてくれた女性スタッフのほかにも、ジムニーに乗っている人が数名も。何も特別なものではない素のジムニー。暮らしの中の当たり前。そんな人とジムニーの蜜な感じもいいものです。

走ったし、泊まったし、後は観光くらいです。昨夜の検索で出てきた「蓼科山聖光寺」。1970年の創建で、施主はトヨタと関連会社。交通安全、交通事故遭難者の慰霊、負傷者の早期回復を祈願する日本唯一のお寺です。車誌が、ここをやり過ごす訳にはいかない。毎年7月には、ラリーの本戦、レース前に、トヨタの会長や社長たちが集結して、祈願を行なうという特別な場所です。11時に着いて、誰も見当たらない。車を祈祷している風もない。社務所と思われる場所も閉まっています。編集部に、お祀りするはずのお札はどこですか。こちらも平日は開いてませんか。この立派な建物を、ただただ眺めて帰るだなんて。

神様のお力をこれを読んでくださる皆様にお分けするためにお守りを、とも考えましたが、どれが良いか判断がつかず断念。

カメラマンに今日のお昼を尋ねたら、老舗の鰻と言いました。お勧めのお店は諏訪湖の近く「うなぎのねどこ おび川」です。創業からおよそ100年。地元の人も、うまいと認める評判のお店で、うなぎは国産、上質養殖鰻の「青口うなぎ」で、活き〆です。タレは地元の特醸醤油を使っています。歴史の浅い旅ものシリーズではありますが、同行者に、鰻好きが多いのが特徴です。回を重ねても、時間が空きすぎ、鰻の美味しさを比べることは無理ですが、鰻自慢がひしめく土地の名店に、間違いはありません。
好意に遠慮は無意味です。パック旅行のように、人の提案を素直に信じた1泊2日。今押し寄せる、この悲しみや寂しさは、どれほど楽しかったかの裏返し。いや、おかしい。今頃は、イキイキ働いているはずだった。みんなに「元気ないね」と言われても、全く仕方がありません。