1988y Mercedes-Benz 300E(W124)ドラマチックな時代を創出した類いまれなクルマ
偶然が生んだ名車。W124の存在は、この一言に尽きるのではないだろうか。もしメルセデスが量産化への扉を開かず、頑なに「最善か、無か」のクルマ作りを続けていれば、W124の後継モデルはより素晴らしい運動性能と硬質なボディを持った、124勝りなものになっていたに違いない。このクルマが誕生した時には、伝統を守りながら当時の技術を使った最善の実用車に正常進化を遂げただけであって、特別な意図は存在しなかったはずだ。だが結果的に、1986年に日本でデビューしたW124が、メルセデス・ベンツの歴史におけるひとつの金字塔を打ち立てたことに疑いの余地はない。
今、改めて考えてみると、W124ほどドラマチックに時代を創った輸入車はないような気がする。もちろん、日本では80年代後半から90年代半ばにかけて、円高を背景に一気に輸入車が数を増やした時のモデルではあるけれど、単にタイミングが良かっただけでは、世の中にここまで浸透することはできなかったはず。メルセデスとしてちょうどいいサイズ、あきれるほどの運転のしやすさ、分かりやすいガッチリ感、基本性能の高さ、メンテナンスによる復元力など、素晴らしい実力があったからこそ、生産終了後に訪れた一大メルセデスブームの主役として、絶大な人気を今日まで保ってきた。「メルセデス・ベンツに乗ってみたい」という人のイメージするそれは、ほぼすべてW124シリーズだったと言ってもいいと思う。
初期型の特徴としては、ボディサイドの下半分を覆うプロテクションパネルが装着されていないこと。このパネルは90年モデルから採用され、当時のデザイン部門を統括していたブルーノ・サッコの名にちなんで「サッコ・プレート」と呼ばれている。
現在の初期型は非常に希少で、あえて初期モデル風にカスタムする人もいるほど素の良さを感じる。すべてが合理的に設計されているのも魅力。例えば、凸凹のデザインにすることで視認性を確保したテールランプ、空力や安全性を考慮したドアミラー、1本のアームでダブルアーム以上の面積を拭き取るモノアームワイパーなどその形状は機能美と言えるものだ。さらに、エンジンパーツの中でも比較的重量が重いバッテリーはホイールベースの間にちゃんと収まっている。じつはこれ、自動車を設計する上では基本的なことで走行性能の向上にも繋がる搭載位置なのだ。そして現代ほど電子制御が進んでいなかった時代に、手間を惜しまずアナログな作りで完成させた高い安全性など、その作りを知れば知るほど奥深い。W124の原型である初期モデルを眺めていると、メルセデスが目指した「最善」が具現化されていることに尊さを感じてしまうのは、筆者だけではないはずだ。
ボディサイドは90年モデル以降に見られるサッコ・プレートではなく、2本のモールを配しただけのシンプルなもの。樹脂製の前後バンパーもボディ同色ではない。取材車のオーナーである小林さんによると、素地のカラーをリペイントにより再現しているとのこと。大きなスリーポインテッドスターが主張するホイールキャップもクラシカルな雰囲気を高めている。
大ぶりなステアリングとシンプルなデザインが特徴となるインテリア。ナビなど現代の装備はあえて装着せずに、オリジナルの雰囲気を維持している。ファブリックシートもキレイな状態で大切に乗っているのが分かるコンディションだった。
走行距離は8.6万kmとまだまだこれからが楽しめる時期。メンテナンスはボッシュカーサービス店に依頼しているとのこと。
ファミリカーとして使用しているので後席にはチャイルドシートを装着。シフトノブは購入時ウッドだったのをオリジナルに戻している。
【撮影協力】
●オーナー:小林さん ●撮影地:トヨタ博物館