合理的で確実な故障診断がメンテの現場を大きく変える
昔から整備の現場では「故障の原因が分かれば、修理は終わったようなもの」と言われてきた。何が原因で調子を崩しているのか、それを探るのに職人の経験と勘が重要で、下手な修理工場に出すと見当違いな部分を交換して、当然ながら直らず、トラブルになるようなケースもあったものだ。
しかし現代では、高度なコンピュータ技術によって故障診断は合理的で確実なものに進化した。ディーラーの診断システムはもちろんのこと、ショックアブソーバーやバッテリーといった一見劣化の分かりにくい部品も、状態を数値によって示すことが可能な診断機が導入され、メンテナンスの現場は大きく変わりつつある。
また汚れが蓄積されてしまうエンジンには絶対に欠かせないエンジンの内部洗浄システムや、エアコンのガスとオイルをキッチリ計量して再充填する装置など、優れた機器が開発されることでエンジンなどを分解せずに良い状態を長く保つことも可能になっている。
第2世代のスターダイアグノシス「XENTRY」。診断・設定機能と電子マニュアルのWISを搭載している。
1990年代前半に導入された初代の故障診断機「ハンド・ヘルド・テスター」。左にあるカートリッジに車種別のデータを書き込み、更新する度に各ディーラーに送っていたという。
故障箇所の診断だけでなく修理作業にも欠かせないものになった診断機
最適な量のガソリンを噴射したり、ちょうどいいタイミングで点火スパークを飛ばしたり、クルマを快調に走らせるために必要な仕事はとてもたくさんある。クラシックな世代のクルマはこれらをすべて機械仕掛けでこなしていたが、やはり限界があった。高性能と効率化、環境適合性に対する答えとして採用されたのが、数々の電子制御技術だ。クルマの側がコンピュータ化されれば、目視で点検するわけにはいかない。いったいどんな状態になっているのか、調子が悪くなっている原因は何処なのか、データを読み出すための手段が必要になる。これが「診断コンピュータ」の基本的な役割である。
以前は各センサーからの情報を読み取る程度だった診断コンピュータも、現在では故障箇所のメモリを呼び出したり、車両側の設定を変更したり、コントロールユニットのソフトウェアをバージョンアップしたりと、どんどん電子化される自動車に対応して進化を重ねている。
メカニックと車両を繋ぐインターフェースとして、メンテナンスだけでなく実際の修理作業においても欠かせないものとなりつつあるのだ。車両と接続したら、診断機の画面からモデルを選択して必要なメニューへと進む。ここで各コントロールユニットとの通信を選ぶことができるのだが、驚いたのはその数の多さ。取材車の場合、なんと30個以上のユニットが搭載されているそうだ。
コンピュータ診断機の基本性能
●ショートテスト
定期点検や車検で入庫したクルマに対して、まず実施する最初のチェックがショートテストだ。車両側の各ユニットとの通信を行なうと、問題がある場合は該当部分にフォルトコードが表示される。フォルトコードの読み出しは故障診断機としては初期のタイプとなるHHT(ハンド・ヘルド・テスター)の時代からの機能ではあるが、配線図を見ながらビニール被覆に検電機を差して調べていた時代とは、大きく変わっているのだ。
車両側の各ユニットと通信を行ない、故障の記録がメモリされていないかを調べる基本作業がショートテスト。入庫したクルマには、通常まずこれを行なって異常がないかをチェックする。
●リモートコントロール
2つ目の機能は、診断コンピュータ側から車両の様々な装置をコントロールできること。これによってそれぞれの部分がキッチリと機能しているかを、簡単かつ確実にチェックすることが可能になる。
撮影のために用意してもらったCL55には油圧アクティブサスペンション(ABC)が装着されているため、実際にこれをリモートコントロールで動かしてもらったが、かなりのインパクトだった。高圧のオイルを使用するABCのようなシステムの修理は、配管内部の徹底した洗浄やエア抜きなど注意するべき点が多く、知識のない修理工場での修理やメンテナンスは困難だ。多少の安さよりも、メーカーが定めた整備マニュアルに従ってキッチリと整備できるディーラーでの作業を選ぶことが重要ではないだろうか。
そして最後に高年式モデルの修理で欠かせない作業が、コーディングと呼ばれるものだ。単に部品を交換しただけでは動かない、というのが近年のモデルなのである。
メルセデス好きにとっては、会話に登場することも多く、つい分かったような気分にもなっている診断コンピュータ。しかしその機能は単なる故障診断だけでなく、電子制御ユニットを司るコントローラーと言ってもいいほどに進化している。
取材車は油圧アクティブサスペンションのABCを搭載しているため、診断コンピュータからの操作で姿勢の変化が可能。
●実測値の表示
次なる診断コンピュータの大きな機能に、実測値の表示がある。コンピュータを接続してエンジンを始動することで、車両のセンサー類が拾っているあらゆるデータをリアルタイムで表示することが可能なのだ。水温や油温からエアコンの作動状況まで、あらゆるデータを画面でチェックすることができる。まさにクルマの状態が手に取るように分かる。
また実測値の変化を使って故障診断をすることもできる。機能部分を動かしてみて、数値が正しく変化しないのであればセンサーの不良と分かるという具合。今回のCL55などでは、例えば、パワーシートの状態を数値化して表示することができる。
エンジンコントロールユニットの基準値と実測値を表示したところ。右の実測値が左の規定値の中間付近にきれいに収まっていることが分かる。調子の良いエンジンだ。
診断コンピュータに専用の機器を接続することで、12気筒まで対応可能なオシロスコープとしても使用することができる。写真はパージバルブの波形をモニターしているところ。