手作り感があるのがアナログ世代のドイツ車
CANバスなど全てが効率化されたデジタル世代のドイツ車は、現代に求められる性能を実現するために必要な進化だった。ではアナログ世代は取り残された過去の産物なのかというと、それは違う。メルセデスで言えば「最善か無か」のコンセプトで作られた妥協のない作り込みが、今の時代では絶対に作れない高いクオリティを誇っている。未だに多くのファンが角目世代のメルセデスに熱狂するのもそうした背景があるからである。もう一つ時代を遡ってタテ目世代であっても、角目世代に通じる設計の源流を見ることができる。現代でも通用する走行性能を備えていることがメルセデスの凄さを物語る事実でもあるのだ。
そこでクラシック世代のメルセデスを得意とするメカニックに現代のクルマとの違いを聞いてみた。
「デジタルとアナログで大きく違うと感じるのは手作り感ですね。例えばドア。パワーウインドーレギュレーターの交換などで内張りを外しますよね。デジタル世代は内張りがリベットで留めてあるんですが、W124あたりのメルセデスはボルトとナットでしっかりと固定してあるんですよ。デジタル世代は大量生産と効率化を求められた時期だったから仕方ないのかもしれませんけど。あとはパワーウインドーのスイッチ。よく内部の接点がダメになってしまってスイッチが利かなくなることがあります。でも、潤滑剤をスプレーしてやれば直ってしまうことも多いんです。よくお客さんがウインドーが壊れたといって工場に持ってくることがあるんですが、シュッとスプレーして何度か動かしてやると直っちゃうんですよね。W124時代のスイッチだと、壊れたら左右入れ替えれば使えますからね。どちらも一時しのぎではあるんですが、こうしたことができるのはアナログならではの良さでしょうね」
デジタル世代のクルマはパワーウインドースイッチがユニット化されているため、アナログ世代のような融通は利かない。単なる接点であるがゆえのメリットだと言えるだろう。構造がシンプルであることに加えて分解整備できる部分が多いこともアナログ世代の魅力だ。
「修理屋の立場から言えば、W124くらいまでのモデルのほうが直していて楽しいです。Oリング一つから部品が出るのも魅力的ですよね。デジタル世代は修理していて楽しくないかな。自分で触れるところが少ないですから」
極端なことを言えば整備というのは壊れた部品を新品に交換するのがベスト。機械を分解して直せるのはアナログだからこそできることだ。
「燃圧や油圧の調整ができるエンジンは直していてやりがいを感じます。自分の調整次第でエンジンの調子が変わってしまうんですから。ほんのちょっと燃圧をいじっただけでも大きく変わる。排気ガスの濃さやプラグの状態を確認したり手間はかかるんですが、クルマを直しているって感じがしますよね。今のクルマはコンピュータで制御されているから、触りたくても触れないんです。ま、それも時代でしょうから、そういうクルマだと思って付き合っていくようにはしてますけれどね」
最近の傾向を受け入れつつも、修理屋としてできることはやるというのがアナログを得意とするメカニックの声。
また、ベテランになるほど、工具一つを見てもこだわりが見られる。例えば、タテ目のエンジンのクランクプーリーを外すのに苦労すれば、やりやすい工具を作る。ATをオーバーホールするための工具など知識や技術がモノを言うのがこの時代の修理だと言える。こうした工具を使うことにより、なるべく早く修理をして完了できるのである。
整備におけるアナログ系ドイツ車の良さ
分解整備ができる箇所が多い
ATやエンジンだけでなく分解整備できるポイントが多いのがアナログ世代の特長。そのためリーズナブルに修理することが可能になっている。
構造がシンプルであること
アナログ世代は高度な電子制御が搭載されていないので、構造はいたってシンプル。エンジンルームのスペースにも余裕があり整備性も高い。
パーツの供給に不安なし
古いクルマで不安になるのはパーツの供給だが心配はいらない。ゴムシール一つからでも細かくパーツを入手することができる。
整備後の違いが体感できる
角目世代のメルセデスは整備後の違いをはっきりと体感することができる。とくに足回りのゴムパーツやアーム類は効果を体感しやすい。
W124のドアの内張りはしっかりとボルト留めされている。赤印のところがボルト留めの部分だ。
分解したり中古を使ったり工夫しながらの整備
分解整備について聞いてみた。
「フューエルデスビが出始めた頃に分解整備してみたんですが、燃料が漏れてしまってうまくいかなかったんです。ディーラーに聞いたらバラしちゃダメですよ、なんて言われちゃいまして。部品自体が高いから何とかしてあげたい。方法はあるみたいですけど、ここは交換するしかないですね。予算を抑えるのであれば程度のいい中古品を使うことです。デスビがダメになる原因は、内部のプレート不良とゴミなどが詰まってピストンが動かなくなるケースが多いようです。いきなり燃料が濃くなったりすることもあります。エンジン不調などの場合いろいろな原因が考えられますが、症状から考えられる原因を見ていってそれが燃料系であればデスビであることも増えてきていますね
あるユーザーさんのW126がエンジン不調で、ディーラーで見てもらったら100万円とか50万円かかると言われたらしいんです。で、ウチに持ってきたんですけど、原因はデスビだったんです。中古で良ければ安くやりますよ、って言って直してあげました。今は調子がいいって言ってくれて喜んで乗ってくれていますよ」
中古品にはもちろんリスクが伴うが、安く直ったことでもう少し乗り続けようと思うことも少なくない。
ドイツ車の中でもメルセデス・ベンツは古くなってもパーツが揃うのが魅力。タテ目世代であってもアメリカからほとんどの部品を取ることができる。ポン付けできないパーツもあるようだが、加工や調整をして部品を装着するのは、アナログ世代のメカニックなら昔からやってきたこと。
デジタル世代のクルマはコンピュータ診断機である程度のトラブル箇所を特定できるが、アナログ世代のドイツ車はメカニックの勘と技術がとりわけ重要になってくる。分解整備できる箇所が多くても、それを正しく直せなければ、トラブルが拡大してしまうこともある。
前出のメカニックはこう話す。
「タテ目も角目も構造はシンプルだし、だいたいのトラブルは頭に入っているので、整備自体も難しくありません。キャブ車はオーバーホールしてきちんと調整しておけば大きなトラブルが起きることは少ない。むしろ使い方のほうが大事。オートチョークの使い方や暖機の方法などを覚えておけばトラブルを未然に防げることも少なくないんです。タテ目を足で使っている人もいるくらい、古めのメルセデスは普通に使えるところがいいですよね。個人的にはW124が全体的にまとまっていていいと思います」
今回整備の現場から見えてきたことは、構造がシンプルであることが最大の魅力だということ。また、故障をしっかりとベテランメカニックがいるからこそ、僕らは今でもアナログ世代のドイツ車を楽しむことができるのだ。
写真のタイプのパワーウインドースイッチは、隙間からゴミなどが入り込み接点不良を起こしやすい。潤滑剤をちょっと吹いて何度か動かすと直ってしまうことが多いとか。
キャブレター車は一度キッチリとオーバーホールをすればトラブルは起きないという。キャブ車の扱い方を知ることが大事。
燃料噴射装置であるフューエルデスビ。アナログ世代のメルセデスに使われているもので、非常に高価なパーツでもある。