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【 GERMAN SPECIAL CARS!! vol.09 至福の時間を特別なクルマで。/ 荒々しいフィーリングの虜になるAMGチューニングの魔力 】

 300Eをベースに、AMGオリジナルのヘッドを搭載したV8をフルカラード仕様のボディに詰め込んだ300E6.0。名車500Eのルーツとも言われているモデルだが、その魅力はハンマーと呼ばれるエンジンにある

 

Profile of AMG 300E6.0-4V

 6ℓのハンマーユニットはアイドリングでも凄みを感じさせる排気音が響き、フルフルと僅かにボディを揺らす。これぞハイカムを組み込んだチューニングユニットの証。そして走り出した瞬間から、並みのエンジンじゃないことをドライバーに伝えてくるのだ。
 Dレンジにシフトしてスロットルを開くと、2速発進でも全く緩慢さを見せずに、ドンとトルクをひねり出して豪快に加速していく。しかも、その勢いは3000rpmを超えるとさらに強まり、力強いビート音を発しながら猛烈な加速力へと高まっていくのだ。
 4000rpm以上の吠えるようなサウンドは、意図的に作り上げられた音ではなく、チューニングされたエンジンが自然と発する性質のもの。だからこそ魂を揺さぶるような、何とも言えない音色を響かせる。
 それは、ほとんど同じパッケージングを持つメルセデスの名車500Eとは全く異なる、野性味ある乗り味を構成する要素の一つだと言える。
 500Eの路面に吸い付くような、重厚で落ち着いた快適さと、スポーティな動きを両立させた滑らかな感触は、いかにも完成度の高さを感じさせるものだ。それに対してハンマーの乗り味は、豪快かつ頑固なまでの安定性を打ち出した独特なフィール。そんな粗削りな感触は不快などころか、それ自体がこのクルマの魅力となってドライバーに訴えかけてくる。ステアリングの手応えも独特だ。応答性自体はシャープだけれど、クルマの動きは比較的緩慢なのである。非常にロール剛性が高く、ステアリングを切っても積極的に向きを変えようとはしない。クルマとしては非常にダルな特性。もっとホイールベースが長く、大きなボディを想像させるような動き方なのだ。
 これがハンマーらしい部分とも言える。200㎞/h以上のスピードでアウトバーンを疾走していくには、これくらいの安定性が必要だということだ。移動することに疲れてしまっては、最高のメルセデスを追求した「AMG」に相応しくない。
 もちろんどこを走っても性能面での不満はない。ただ、都市高速などの中高速コーナーが続くようなステージでは「捩じ伏せて曲げていく」つもりで走らせる腕前が要求される、ということだ。500Eが、直列6気筒エンジンを搭載したW124より素直に向きを変えていくのとは、実に対照的なのである。
 それは500Eが、ポルシェと共同開発してまでじっくりと時間とお金をかけたメーカーの量産車であるのに対し、ハンマーは、少々市販車とはかけ離れていても、ひたすらに速く走り続けられるクルマを求める特別なオーナーに向けたチューニングカーという性質の違いも大きい。
 正真正銘のハンマーと呼べるのは、やはりM117ユニットに自社製4バルブヘッドを搭載した、このパワーユニットだけじゃないだろうか。維持するにも、乗りこなすにも、このクルマと付き合っていくのは、そう簡単なことではない。だからこそ、オーナーの満足感も格別なのである。

取材車は通称「サッコプレート」が装着されない89年モデルのため、ボディサイドのAMG製プロテクションパネルのデザインにも幅広のサイドモールの面影が残る。モールなどはボディ同色にペイントされている。フロント、サイド、リアに備わるAMGエアロは、端正なW124のエクステリアともマッチする。
AMGの専用ホワイトメーター、パッド部分にロゴが入る4本スポークステアリングのほか、グローブボックス部分にもウォールナットのウッドパネルを追加。
インパネにはAMG専用のホワイトメーターを設置。スピードメーターは、320㎞/hまで目盛りが切られている。ステイタスの証でもあった。
シートは当時のレカロの傑作品であるCSEで、サポート性が高く、座り心地も抜群。シート脇には電動式の各種調整機構が付くので、サイドサポートなど好みのポジションに設定できる。後席も質感が高く、往年のメルセデスらしい雰囲気。
エンジンルーム内にある車体ナンバーは、メルセデスの刻印が消されていて、新たにAMGの刻印が打たれている。正式な自動車メーカーの証だ。
 

Specifications

全長…4775㎜
全幅…1755㎜
全高…1380㎜
ホイールベース…2800㎜
トレッド(前)…1495㎜
トレッド(後)…1490㎜
車両重量…1610㎏
エンジン方式…V8DOHC
総排気量…5965㏄
最高出力…350ps/5500rpm
最大トルク…52.9㎏-m/4000rpm
トランスミッション…機械式4速AT

 

AMG 300E6.0-4V M117

チューナー時代のAMGは
高性能を追求し続けるチャレンジャー。
その技術が世界を驚かせた

まだAMGが独立したプライベートチューナーだった時代のエンジンが、このM117エンジンベースのAMG製ユニット。通称ハンマーユニットだ。AMGはそのエンジンをベースに、排気量アップだけでなく、自家製のツインカムヘッドを組み付けるという怒濤のチューニングを施している。W124の他、W126などにも搭載された。

 このエンジンの特徴的な部分と言えば、ベースとなっているM117ユニットのシングルカムではなく、自社開発のツインカムヘッドを搭載したこと。しかもこのヘッドは、他に例を見ない構造をしている。なんと、ヘッドが上層、下層に2分割されているのだ。上層にはカムシャフトを固定するジャーナルを中心としたバルブ駆動系の仕組みが、下層には燃焼室とその背面の冷却回路がレイアウトされている。実はこのヘッド、どうしても実現したいエンジニアの発想を、当時の技術で何とかというより、やや無理矢理に近い格好で実現してしまったという、世にも珍しい工業製品とも言えるのだ。
 下層部分には燃焼室とその背面の冷却回路があるが、ウォータージャケットが鋳込まれているというより、ウォータージャケットにバルブガイドや点火プラグ用のガイドが鋳込まれているような構造。このような形状を持つヘッドによって冷却効率は大幅に向上し、ハンマーエンジンは圧倒的なパワーを得ることができた。
 そしてもうひとつ。これは現代のクルマにも通じる話なのだが、エンジンをチューニングするにあたって、エンジン本体を加工することも大事だが、エアクリーナーやマフラーなどの吸排気系、ラジエターなどの冷却系、燃料マネージメントなど、エンジンを適切に動かすための補器類の強化も欠かせないのだ。
 しかし、このハンマーエンジンは、特別な補器類を一切使っていない。搭載されているのは、全てノーマルのM117エンジンと同じものである。わずかにノーマルと異なる点と言えば、KEジェトロの燃圧設定を、エンジン本体に合わせて変えているだけだという。つまりハンマーエンジンは、エンジン本体だけであれだけのパフォーマンスを実現したのだ。独特な構造ゆえにオーバーホールなどのメンテナンスは難しく、国内でもこのエンジンに触れる人は少ない。そんなところもスペシャルなクルマならではだ。
 

Engine Spec

エンジン形式…V8DOHC
総排気量…5965cc
内径×行程…100.0mm×94.8mm
圧縮比…9.4
最高出力…350ps/5500rpm
最大トルク…52.9kg-m/4000rpm
パワーウェイトレシオ…4.6kg/ps