✔ 1ローターのヴァンケル・エンジン
✔ 冷却システムが水冷であること
✔ エンジンに合わせて各部を強化
エンジン内部のローターが
回転しながら吸排気を制御
ヴァンケル・スパイダーに搭載されるロータリーエンジンは1ローターであることが特長。日本のマツダが生産ライセンスを取得して作ったのは2ローターだったのである。ちなみにライセンスを取得したメーカーはこのほかにも数多くあって、例えば日本では日産自動車やトヨタ自動車など。ドイツではダイムラー・ベンツ、ポルシェなどもライセンスを取得している。それだけ多くのメーカーが、このロータリーエンジンという全く新しいパワーユニットに注目していたということなのだ。
そのロータリーエンジンの特長をいくつか紹介していくと、まずこれまでのレシプロエンジンのような複雑なバルブ機構を持っていない。エンジン内部にあるおむすび型のローターが回転しながら吸排気バルブを開閉する仕組みになっており、極めてシンプルなメカニズムとなっている。そして、エンジンのディメンションをコンパクトにできるのもメリットの一つだと言えるだろう。
ヴァンケル・スパイダーには、この世界初のロータリーエンジンがリアに搭載されている。ベースであるシュポルト・プリンツは空冷式のエンジンだったが、ヴァンケル・スパイダーの冷却システムは水冷式。ポルシェやフォルクスワーゲンなどでは空冷のリアエンジンとなるが、水冷というのは当時のドイツ車の中では珍しいメカニズムだ。
このロータリーエンジンが当時高性能を誇っていたことは前のコーナーで解説した通りだが、エンジンの高性能化に合わせて各部の強化もなされている。例えばパワーアップによってデメリットが生じたのが燃費。ベースであるシュポルト・プリンツが14・3㎞/ℓなのに対して、ヴァンケル・スパイダーは12・5㎞/ℓと悪化してしまった。そのため燃料タンクの容量が25ℓから35ℓに増やされている。足回りはフロントがダブルウィッシュボーンであることは同じだが、リアはセミトレーリングアームに変更。さらにフロントにはディスクブレーキを装備し、エンジンのパワーアップに備えてストッピングパワーも強化している。燃料供給システムは、多くのドイツ車に採用されているソレックス製キャブレターで、16‐32HP水平型というシングルタイプを搭載している。
ロータリーと言えばマツダのイメージが強いと思うが、その元祖となるヴァンケル博士が作ったエンジンが搭載されているというだけでも、所有する価値は大きいと思う。日本で長い歴史を持つマツダも、ロータリーエンジンの生産を中止した。クルマ趣味を極めていく手段の一つとして、自動車史に残るような名車に触れてみるのも面白いと思う。中古車の数が少ないということは、そのチャンスを手にできる人もごく僅かなのである。
1ローターという構造上の
問題によるトラブルがある
日本ではロータリーエンジンと呼ばれることが多いが、欧州では開発者であるヴァンケル博士の名から、「ヴァンケルエンジン」と呼ばれることもある。自動車業界全体としても、その全く新しい技術に多くのメーカーが注目していたが、未知のエンジンということもあり当時は初期トラブルが多かった。
もっとも懸念されていたのが、軽合金製のローターハウジングが磨耗し、そこにキズがついてしまい圧縮漏れを起こしてしまうことと、オイルの消費量が多いこと。これは当時多く発生したトラブルで、NSU側もクレーム処理に追われたという経緯がある。
1ローターという構造は、ローター自体が高回転で回るためクランクシャフトも太く設計してあるが、それでもバランスが保てずエンジン内部のパーツが破損してしまうという事例もあったという。さらに前述したように1ローターは高回転で回るため、高速域ではエンジンが安定しているが、信号待ちなどではエンジンの振動が出やすく、エンジンマウントの劣化も早い傾向にある。また、材質にも問題があり、レシプロエンジンに比べて油温が高くなりやすいことや、オイルの潤滑がうまくいかずに、アペックスシールにスラッジが溜まり破損してしまうこともあった。
これらは構造的な問題であり、2ローターとすることで解決した事例もある。NSUのエンジニアが、全く新しい未知の技術と日々格闘していたのだということが想像できる。
そんなヴァンケルエンジンなので、これから維持していくには、このエンジンをよく知るメカニックがいないときっちりと直すことはできない。NSUというメーカー自体は消滅してしまったが、今でもパーツは入手できるのでメンテナンスで困るということはないが、ほとんどが本国発注となるため時間がかかることは覚悟しておきたい。
エンジン以外の部分ではキャブレター。エンジン不調の原因になりやすい燃料系のキモなので、定期的に調整しておく必要がある。水回りではフロントにあるラジエター。経年劣化により冷却効率が低下すると水温が上がり、同時に油温の上昇にも繋がる。エンジンにも大きなダメージを与えてしまうので注意しよう。
Detail Check
パーツや各部の作りに至るまで細かく見てみる!
世界中の自動車メーカーが注目した
ロータリーエンジンの技術
ソレックス製のキャブレターを採用
燃料タンクはフロントに搭載
エンジンはリアだが、ラジエターはフロントに装着
Restore & Maintenance
レストア&メンテナンスのポイント
作業は構造に詳しいメカニックに依頼する
“夢のエンジン”ということで注目を集めたロータリーエンジンだったが、未知の技術であったがゆえに初期トラブルも多かった。ここでは当時の事例を中心に、ロータリーエンジンの維持について考えてみたい。
NSUってどんな自動車メーカーだったの?
名車ヴァンケル・スパイダーを生み出したNSU社は、当時のアウディに吸収合併されたことから消滅してしまった自動車メーカーである。ここではNSUがどんな歴史を歩み、どんなクルマを作ってきたのかを紹介していきたい。
その後、1957年にプリンツという小型車を発表。ボディは小さいが居住性が高く、エンジンは空冷の直列2気筒だった。ここから本格的に自動車の生産を再開し、60年代に入るとヴァンケル博士の設計によるロータリーエンジンによって、一気に注目を集めることになる。64年のフランクフルトショーでお披露目となったのが、ヴァンケル・スパイダーである。翌年から販売が開始されたが、生産台数は67年までで2375台とそれほど多くはなかった。67年には4ドアセダンにロータリーエンジンを積んだRo80を発表。ヴァンケル・スパイダーとは違って2ローターだったのが特長だ。これは量販車として3万台以上が生産されている。だが、自動車メーカーとしてはやはり零細だったため、アウトウニオン(現アウディ)に吸収合併されてしまう。Ro80は77年で生産中止となり、NSUブランドは消滅してしまった。