空冷時代のポルシェはルーフCTRの登場以降ターボチューンが主軸になる
メルセデスならAMGやブラバス、BMWならばアルピナやシュニッツァーなど、プライベートのレーシングチームがモータースポーツでの活を機にその名を轟かせ、コンプリートモデルやチューニングキットをリリースし“チューナー”として成長していく。メーカーかチューナーかの議論はここでは避けるが、それらはポルシェにも多く存在し、ゲンバラ、テックアート、シュトロゼックなどがよく聞くところだ。なかでもルーフは最もその名が広く伝わっている存在だろう。87年、イタリアのナルドサーキットで行なわれた市販車最速トライアルにおいて、930ターボベースの車体が339・8㎞/hを叩き出し、翌年には400・8㎞/hを超えたのだ。何せ、その最高速トライアルの下馬評では、フェラーリ288GTO、ポルシェ959が最右翼であったのに対し、トップスピードを叩き出したのは黄色いナローボディの930だったのだから。3・4へと拡大したエンジンにはKKKのK26タービンを2基装着。最高出力469ps、最大トルク553N・mにまで高められたパワーユニットをわずか1150㎏のボディに搭載したマシンである。その黄色いボディから、ロード&トラック誌が“イエローバード”と名付けたことも有名な話である。
このルーフCTRの登場以降、911のハイパワーチューニングはターボが主軸になる。しかし、完成度の高いターボチューニングは、CPUが進化した993ターボ以降だ。モトロニックによる緻密なエンジン制御が可能になり、それは同時にノッキングや燃焼温度の異常上昇も防げることを意味する。ノッキングが発生したら瞬時に点火時期を遅角度に振り、燃焼温度が高くなったら素早く燃料を増量する。ノーマルの911ターボでノックセンサーが装着されたのは993になってからである。CPUで燃料と点火時期を自在にコントロールできるようになると、NAを突き詰めるよりもターボチューニングの方が効率良くパワーを稼ぐことができる。ポルシェ自身も積極的にターボをリリースし、993では有り余るパワーを効率良く路面に伝えるために4駆へとシフト。この4駆は959で培った電子制御のトルクスプリット型ではなく、964よりも約50㎏軽量なビスカスによるシンプルなシステムだ。エンジン単体の重量は2ℓ時代からさほど変わらないという軽さを生かしたシステムへと変更したのである。
軽量な4WDとなった993ターボをベースに、530hpまでパワーを引き上げたモデルがRoock RST530。吸排気システム、カムシャフト、タービン、CPUなどをRoock製としたモデルだ。
日本ではルーフほど知名度は高くないRoock(ロークまたはルークと言う)だが、ドイツのモータースポーツシーンでは確固たる実績を残しているチューナーである。ケルンを本拠地に、ローク兄弟によるプライベートのレーシングチームがポルシェで参戦する。70年代からレースに参戦している老舗であり、90年代に入るとその実力が認められ、ポルシェワークスのサポートを受けるまでに至っている。当時のポルシェは、好成績を収めた有力なプライベーターへのみ、パーツなどのサポートを行なっていたのである。
このローク、実はかつて日本にも正規代理店が存在した。愛知県に本社を置く現アイコードがそれである。ただし、取材車両は本国のローク社で生産されたことが濃厚であるということを予め記しておく。ロークは94年ごろから993GT2レーシングを駆りインターナショナルGTレースに出場する。ほぼセミワークのような体制で、このチームとジョイントしていたのがアイコード。ともにディトナ24hやル・マン24hなどにチャレンジしていたのだ。当時はアイメックと名乗っていた現アイコードに関して少し説明すると、日本のプロフェッショナルレーシングマシンの開発や整備をメインに、ポルシェのチューニングやパーツの開発・販売を行なっているところだ。ポルシェのECUチューニングも得意としており、ややもするとドイツのチューナー以上の技術力を持っている。
このアイコードの代表である鶴田氏に記憶を辿ってもらい、Roock RST530に関する話を伺った。当時の正規車両はドイツのロークからパーツを取り寄せて、組み付けおよびセッティングをアイコードが行なっていたとのこと。他のチューナー同様、単にパーツを付けただけではまともに走らせることは難しく、入念なセッティングが必要だったようである。しかし、ECUチューニングも得意としていたアイコードはセッティング能力も長けているため、十数台販売したというRoock RST530は、完調の状態でデリバリーされたとのことだ。
取材当時のローク社に関して追記すると、993GT2レーシングの次にポルシェGT1でレース活動を行なうことになる。ミドシップでCカーのようなスタイリングのこれは、98年のル・マンでメルセデスのCLKGTRと激闘を繰り広げたモデルだ。ところが、ローク社のGT1は良い戦績を残すことができず、やがてレースシーンから撤退。現在はアメリカでポルシェ用のホイールや外装パーツの生産・販売をメインとしているため、ローク社のチューニングモデルは今や希少な存在なのだ。
ワイド&ローのスタイルはまさにレーシングマシン。ボディサイドには「Roock」のデカールが光る。アルミホイールもRoock製の5本スポーク2ピース18インチが奢られ、足元にインパクトを与えている。0-100km加速は3.7秒、最高速度は328km/hをマークしている。
530hpを叩き出すモンスターユニット。エンジンフードを開けると大きなインタークーラーがエンジンを覆っている。ちなみに、エンジンキット一式で700万円!(当時) という超豪華なチューニングキットを装着している。
マフラーはRoock製のエキゾーストシステムが搭載される。パッと目を引く大きなリアウイングはGT2タイプを装着。
エンジンの外寸と重量をほぼ変えずに進化
911というのは何とも不思議なクルマである。元を辿れば、2ℓの空冷フラット6を積んだミドルサイズのスポーツカーであり、他に類を見ないほど少ない振動とシャープなエンジンレスポンスが魅力であった。ポルシェの凄いところは、この2ℓの外寸と重量をほぼ変えずに排気量を拡大し、かつ軽量フライホイールがもたらす“カミソリのようなエンジンフィール”を維持し続けたことだ。4カム化も水冷化も、コンペティションモデルにおいてはいち早く開発を進めていたが、空冷のシリンダー間隔や搭載上の問題で、エンジンの外寸を大きくすることは困難だったのである。そのために、SOHCの2バルブはそのままに、排気量を拡大する方向へ邁進するという、メカニカルチューニングを突き詰めたエンジンなのだ。
素材の見直しも細かく実施され、ライナーレスのシニカルシリンダーや鍛造のピストン、高剛性のアルミクランクケースなど、パワーとエンジンフィールを獲得する手法は、まさしくモータースポーツで用いられるものと同じ。ボアアップで生じやすいピストンの首振りは、グラム単位の軽量化と剛性を与えることで解消するなど、意地とも思える改良の積み重ねで進化を遂げてきたのである。ちなみに、ハイパワーなエンジンほど冷却ファンの回転を速め、羽の枚数も変えている。これに十分なオイル冷却も相まって、冷却性能は全く問題ないことを付け加えておく。
64年に登場した空冷フラット6を30年以上も改良し続けてきたことが、911の強みだ。しかもモータースポーツの場で先行開発を行ない、優れた耐久性を持たせたエンジンを市販車に搭載するのだから、チューニングベースとしても最適であることは間違いない。また、エンジンの外寸を大きく変えずに進化したため、結果的に軽量なスポーツモデルとなったことも、パワーアップを効果的なものとした。空冷フラット6はエンジン形式こそ古典的だが、中身は必要以上に安全マージンを与えた耐久性の高いレーシングユニットのような存在。しかも軽量なのだから、これをベースにしたチューニングモデルは、確実かつ安全にパフォーマンスアップを狙えるのだ。
ナローに搭載された空冷フラット6の時代から、エンジンの外寸や重量はほとんど変わらず排気量を実現しているのが、ポルシェの凄いところだ。
レースで培った技術は市販車にもフィードバックされている。だからこそチューニングの素材として素晴らしく、RST530のようなマシンも生まれるのである。
リアから見ても過激なオーラを漂わせるスタイリング。964よりも軽量な4WDシステムを搭載している。
※本記事は2011年4月号に掲載されたアーカイブ記事です。内容や表記は取材当時のもの。