Porsche 911Turbo 3.6 Type964
クルマ本来の楽しさを追求していた時代に誕生
80~90年代のドイツ車に憧れ、いつかは手に入れるという思いを持っていた人にとっては、この964ボディを持つターボ3.6はスペシャルな存在だろう。このクルマが誕生した93年といえば、メルセデス・ベンツ初代Eクラス(W124)のエンジンがDOHC化され、190Eシリーズ(W201)も生産されていた年。世の中が自動車にワクワクしていたし、作り手もクルマ本来の楽しさを追求していた。少なくともドイツ車においてはそうだったはずだ。
そもそもポルシェ911シリーズは63年に登場してから約50年、考えてみればこのクルマほどブレずに変わり続けてきたモデルはない。初代モデル、通称「ナロー」に乗ればガソリンとオイルの臭いを感じながら、運転という作業にも人それぞれの個性が表現できた時代を懐かしく思う。最新型では、恐ろしく緻密に計算された快適で速く走れるエネルギー効率の良い乗り物であることを痛感する。だからこそ、RRのスポーツカーというブレない基本の上で比較すると、その時代のクルマがはっきりと見えてくると思うのだ。
まずは、ターボ3.6のヒストリーを簡単に振り返ってみよう。13年間に渡って作られた初代ターボが、最終年式の89年だけ5速ミッションを搭載していたのは有名だが、最後の1年+αだけ生産されたのがターボ3.6。964ボディとなった後も3.3ℓの初代直系となるユニットを積んでいたターボモデルのエンジンを、ここで紹介しているカレラ3.6ベースへと変更。最大出力は360psとなり、2500~5500rpmでフラットなトルクを発生する乗りやすい特性となっている。これによって最高速が10㎞/hアップの280㎞/h、0→100㎞/h加速も0.2秒短縮されている。
空冷時代のポルシェらしさがギュッと凝縮されている
実際に走らせてみると、低速トルクが厚くてとても乗りやすいのに、ターボバンドに入ると明らかに「ドッカーン」と背中をシートバックに押しつけられる加速感。「これこれ、これがターボでしょ」と思わずニヤけてしまう感覚。バタバタした空冷のサウンドも、いかにも機械らしいクラッチやシフトの操作感も、文句なしに楽しい! 乗りたい、走りたい、と思わせる魅力がある。やっぱり964、いい。ターボ3.6、イイよ。993の洗練された足回りよりも楽しさが詰まっている。それにスタイリングもコッチの方がポルシェらしい。
GC読者の中には「いつかはポルシェ」と思っている人が少なくないと思う。しかし、やはりポルシェも時代と共に変わり続けている。水冷エンジンとなったポルシェは確かに快適で走りを追求したリアルスポーツカーだと思うけれど、メルセデスW124や丸目4灯のヘッドライトを持つE30のBMWが楽しいと思う感性を持つ人ならば、この時代のポルシェでないと心に響かないはずだ。ポルシェが開発に加わったメルセデス・ベンツ500E(W124)の良い個体がなくなったと嘆くのならば、ポルシェを試してみるいいチャンスだと思う。ただし、生産台数が1875台と非常に少なく、日本国内で登録されたクルマはさらに少なくなるから、出会えた瞬間こそが、その時なのかもしれない。