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【メルセデス・ベンツが好き。】時代によって変化する整備の方向性と手法①

 熟練メカニックの視点から見るメルセデス・ベンツとはどんなクルマなのか。ここからは長年メルセデスを修理してきたメカニックを取材。工業製品として、機械としての魅力など、ユーザーがメルセデスに乗っているだけでは分からない裏側の魅力について聞いてみた。

 

メカニックの視点から見る
メルセデス・ベンツの凄さと作り込み

メルセデス・ベンツの整備性はどうなのか?

 大きく分けるとヘッドライトの形状がタテ目、角目、丸目によって変わってきますが、多くのユーザーさんが乗っている角目と丸目の2つに分けてお話したいと思います。角目世代はアナログな作りから電子制御へと取り組み始めた過渡期世代ですが、基本的には往年のメルセデスらしい頑丈な作りになっています。ボルトも頑丈だし、メッキ加工がされているなど質感も高い。ゴムシールなど部品単体で供給されている部分もあるので分解整備できるところも多い。内装のパネルを外してもばっちりとチリが合っていますよ。ただ、整備性ということを考えると、ガッチリとした作りゆえに一つの部品を交換するのにバラす箇所が多いんです。そのため時間がかかりますし、ホースや樹脂パーツが経年劣化しているので破損しないように気を遣うことが多いです。故障診断をする場合、やはりアナログな部分が多いので、メカニックの勘と経験が非常に重要になってきます。
 丸目世代になるとコンピュータ診断機を使った整備が主流。この世代のメルセデスはこれがなければ修理できないんです。不具合が起きた場合、まずは診断機を使ってどんなエラーコードが出ているかをチェックすることから整備がスタートします。ただし、出てくるエラーコードが全て不良かというとそうではない。クルマによって故障メモリーが出やすいものがあって、まずはそれを潰していく知識と判断、かつ本当にそのエラーコードを無視していいのかという経験が重要になります。だから診断機を持っていれば簡単に修理できるというわけではなくて、やはり数多くのクルマを見てきた経験がノウハウとして生きてくるわけです。診断機に繋ぐことで実測値までチェックできるようになり、トラブルの原因を特定しやすくなったことは事実ですが、使いこなす技術も必要です。
 丸目世代は各部がユニット化されているので交換作業自体はラクになった部分もあると思います。例えばAクラスのギアボックスなんて簡単に降ろせますし、ダッシュボードなどの内装をバラすのも比較的簡単です。トルクスを多用しているのもこの世代の特長だと思います。だから部品同士を組み付けるときもある程度合っていれば簡単に作業できます。昔は3つのネジがあったとして、2つは合うのに、最後の1つが合わなくて苦労したこともありましたからね。そういう意味では整備性は向上していると言えるでしょうね。
 部品の精度自体は今のほうが上がっていると思いますよ。ただ、樹脂パーツを使っている部分が多いので、長く乗っていくことを考えると心配な部分もある。逆に角目世代あたりは長く乗ることを前提に設計されているので、強度をもたせるところにはきちんとしたものを使っています。設計思想の違いなので、どちらがいいとか悪いとかではありませんが、そういった違いがあることは事実ですね。
 世代を問わずメルセデス・ベンツ全体的に言えることですが、メルセデスは日本人が思っているよりもすごく合理的に作ってあると思います。例えば、尖っていたら危ない部分には六角ボルトではなくプラスのビスを使っていたり、事故などのときに燃料フィルターを傷つけないために、六角ボルトを使わないで頭が丸いものを使ったり。そういうことをずっと昔からやってきたメーカーなんです。ボルトの使い方一つを見てもよく考えられていますよ。

トランスミッションを自社生産している

 メルセデス初の自社製ATがEタイプなんですが、ベースとなっているのはこれまで使っていたボルグワーナーのATで、これをアレンジして作ったわけです。本格的にオリジナルのATとなったのは「722」という型式が付いた機械式ATからでしょう。722‐0、1、2、3……ときて最新の7速である722‐9やFFミッションの722‐7(5速)まであります。
 古い順に説明していくと722‐0は3速、722‐1は4速となります。722‐2は300SELなどに搭載されたフルードカップリング式の4速です。これら70年代のATの良いところは、MTのようにエンジンブレーキが使えるミッションだったということですね。2代目Sクラス(W126)や初代Eクラス(W124)が登場する頃になると、722‐3(4速)、排気量が小さい4気筒モデルなどには722‐4(4速)が搭載されました。これは1速発進となるのですが、ギア比の特性で停止時のクリーピングが大きくなるんです。そのため停止時は2速で、アクセルペダル踏んで1速に落とすという仕組みになっています。4速ATをベースに、5速ギアと電気的にシフトチェンジを促すソレノイドバルブを追加したものが722‐5(5速)。初代Eクラス(W124)のクーペやカブリオレ、3代目Sクラス(W140)などに搭載されて95年まで作られていました。これらの機械式ATに共通する魅力としては、材質が良く、パーツ自体もプレスじゃなくて削り出しで作られているから非常に耐久性が高いんです。
 722‐6はメルセデス初の電子制御式5速で、2代目Eクラス(W210)など丸目世代のメルセデスなどから搭載されました。内部パーツの耐久性は驚くほど向上していて、電気部品以外がダメになるケースは非常に少ないです。機械式ATは、構造上クラッチディスクが自然剥離してしまうので定期的にオーバーホールをする必要がありますが、電子制御式に変わってからはクラッチの素材が変わりました。水が混入してしまうとか、重篤なトラブルに陥らない限り交換するケースは少なくなりましたね。また、電子制御化によって、ATにトラブルが起きるとエマージェンシーモードに切り替わり2速か3速に固定される仕組みになっています。こうすることでドライバーにATの不具合を知らせ、AT内部を壊さないように変速しないようにするんです。このへんは確かな進化ポイントだと言えるでしょうね。機械式では多少滑りがあっても走ってしまうところがあり、そのまま放置しておくとAT内部に大ダメージを与えてしまうことが多かった。ATFを交換したら余計にひどくなって、ATFは換えないほうがいいんじゃないかという俗説が流れた世代ですからね。ATFを交換して不具合が起きるミッションは、すでに中身もダメになっていますから早めにオーバーホールをする必要があります。
 そして7速、722‐7や722‐9というATが登場します。電子制御式5速はATのコントロールユニットがエンジンルームに備わっていたのですが、7Gトロニックと呼ばれる7速になってからはバルブボディに直接備わる内部コンピュータになっています。これを交換するにはコード入力が必要になるのでディーラーじゃないと交換できない。基板を交換するにもいっしょに高価なコンピュータも換えなきゃいけないわけです。整備としてはやりにくい況になっていますよね。
 機械式ATはクラッチディスクが自然剥離するので、オーバーホール時には油圧ラインやバルブボディの洗浄が大変です。作業自体は難しくないですが手間がかかりますね。メルセデス初の自社製ATであるEタイプは、部品を交換するだけではなく調整が必要になります。きっちりと調整するにはノウハウが必要なので、経験がないメカニックには手が出せないミッションだと言えるでしょう。逆に、電子制御式ATは調整するポイントもとくにありませんから作業自体は難しくありません。

メルセデス初の自社製ATはEタイプと呼ばれるコンピュータ診断機の導入で整備の方向性が大きく変わった

高年式メルセデスはコンピュータ診断機がないと整備できない。だが、効率的にトラブルの原因を特定できるようになった。
メルセデス初の自社製ATであるEタイプをオーバーホールしているところ。こうした古めのATのオーバーホール作業には長年の経験とノウハウが必要になる。
コンピュータ診断をするとエラーコードが出てくる。これを元にメカニックがトラブルの原因を探っていく。
アナログ世代では下回りに装着されていた燃料ポンプは、電動モーターを備えるインタンク式に進化している。
機械式ATに使われている部品の多くは削り出しで作られていて、とにかく耐久性が高かったという。
Eタイプはアルミの部分の高さを調整する必要があり、これをやらないとシフトアップしたときにすぐにキックバックしてしまう。
内部に使われるスプリングも経年劣化するのでシムを使って調整しなければならない。この厚みがノウハウなのだ。
ATの心臓部であるバルブボディ。機械式ATの場合、ここに剥離したクラッチが詰まってしまうことが多い。
車速による油圧に応じてギアを切り替えていくポイントを作るステッププレッシャー。1速から4速まであるのが写真からも分かる。この調整は非常にシビアなもので、ノウハウがないと完璧に直すことができない。
 

メルセデス・ベンツは日本人が思っているよりも合理的に出来ている